明快な文章と構想力-100刷を超えた『蟹工船』の人気のワケは

小林多喜二の作品が俄かに売れ出した。『蟹工船・党生活者』(新潮文庫)が今年になり突然100刷を超えた。
背景には悲惨な立場におかれているこんにちの貧困・格差問題、ワーキング・プアの現状があり、1930年代の労働者の無権利状態と重なるものがある。多喜二の描いた人間愛と抵抗の精神は、文章の明快さと優れた構想力により新鮮さを保持している。これがいま多くの若者や大衆に愛読され感動を呼んでいる所以だろう。
小林多喜二は1930年代、プロレタリア文学の若き旗手として期待された。ボクの手許に『蟹工船』の1929年9月25日発行の初版本(復刻版)がある。日本プロレタリア作家同盟編纂の≪第二編≫として『1928年3月15日』も併載されている。版元は≪戰旗社≫。定価70銭である。
奥付のあとに“同志諸君”と題するプロレタリア作家同盟による≪檄文≫が掲げられている。
「・・・問題はただ、野蛮な検閲と暴慢な資本とに対する戦ひにある。これに勝利するための保証は、一にかかって、この出版に対するわが労働農民の頑強な支持にある。
同志諸君!
すべての政治的経済的苦痛にたえてなされるこの仕事を支持し激励せよ! 本叢書の刊行に対して加えれるであらうすべての圧迫に対抗し、この出版に払われる犠牲
をして払われる甲斐ある犠牲たらしめよ!」
1929年プロレタリア文学の代表作である『蟹工船』と力作『不在地主』を発表した多喜二は、その4年後の1933年2月20日、あの治安維持法容疑で逮捕され、その日のうちに特高の拷問により築地警察で虐殺された。29歳4ヶ月の短い生涯である。
関係者は出版に当たって犠牲を覚悟していた。命がけの出版である。この犠牲を≪払われる甲斐ある犠牲≫と位置づけるべきかどうかボクにはこ解らない。
が、あの暗黒の時代に、多喜二が不屈の抵抗の精神をもって書き上げた作品がほぼ80年後のこんにち突然ベストセラーになるとは誰が予想しただろう。上述の≪暴慢な資本≫は今に当てはまる? ともあれ、極めて危うい時代であると認めざるを得ないこんにち、時代を超え思想を超え、ヒューマニティ溢れる優れた作品は読者の胸を打つものがある。

蟹工船・党生活者 (新潮文庫)

蟹工船・党生活者 (新潮文庫)