Never say “never”

Premier Hatoyamaが沖縄県の知事さんに迷走する≪米軍普天間基地≫の移設問題に関し陳謝した。“少なくとも県外”が無理だと判断したからだ。“少なくとも県外”とは“We do promise the U.S. Military Base will never be left in Okinawa”と云う意味のはずだ。


つい一ヶ月前、辺野古沖埋め立ては「自然に対する冒とく」「あってはならない」とまで断じている。ぶら下がりインタビューや国会でのスピーチ、質疑応答のなかで、PMの台詞に頻繁に“never”(決して、絶対・・することはない)という断定的表現(“決然たる”と云えば聞こえはいいが)が含まれる。
これは政治家やトップリーダーにとって、禁句とまでは云わないが、危険を伴う言葉だ。それが実現できなかったとき、excuse(弁解)できない。ひたすら陳謝、謝罪する以外なかろう。一種の約束の反故だ。取り返しのつかぬ事態を招きかねない。相手は容易に納得するわけがない。恥っさらしもいいところだ。
その点、稀代の名演説家President Obamaの一語一語は、スキなく練られ、計算され尽くされている。

例えば2006年10月22日の記者会見でOn The Presidencyに関して曰く--
“I'm not sure anyone is ready to be president before they're president”(大統領になる前に大統領としての心の準備が出来ている人なんていません)
2008年11月4日、Chicago、Grand Parkでの有名な大統領選勝利演説も謙虚なものだ---
“I will always be honest with you about the challenges we face. I will listen to you, especially when we disagree”(私は、我々が直面する数々の課題についていつも誠実に対処するつもりだ。皆さんの意見を傾聴する。特に異論がある場合には、一層耳を傾けたい)
そして世界に発信された昨年4月5日のThe Prague Speech On Nuclear Weaponsのなかの次の一節にBarack Obamaの真骨頂が窺える。
“So today, I state clearly and with conviction America's commitment to seek the peace and security of a world without nuclear weapons. I'm not naive. ” This goal will not be reached quickly--perhaps not in my lifetime. It will take patience and persistence. But now we, too, must ignore the voices who tell us that the world cannot change. We have to insist. 'Yes,we can'.”
道程は平坦ではなくても、長期的スパンでみれば大きく世界を非核、核廃絶の方向に動かす導火線とっなた歴史的スピーチである。
このなかで、Barack Obamaは“I'm not naive”(私は世間知らずではない)、我が存命中に目標達成は困難だろう。忍耐と不屈の意志を必要とすると率直かつ誠実に語り、決してabsolutelyとかnever又はかnever fail to--などは用いない。
今じゃ後の祭りだが、PM Hatoyamaも見習うべきではなかったか。

Never say “never”の戒めを。