比類なきレターライター--芥川のモラリティ

芥川竜之介の「書簡集」をじっくり何度も読んでいる。
喋るように、歌うように、流れるような手紙だ。大半は自分を語り、相手との対話を重ねている。なかでも、家族への手紙は、芥川のモラリティとヒューモアが感じられ、類稀なるレターライターと云うべきだ。

妻、文の叔父である山本喜誉司宛ての手紙が興味を引く。
芥川は某女性への恋心を断ち切ったあと、文のことを思いつめ、「文子女史の事を考えるときに子どもの時から知っているせいか清浄な無邪気な愛を感じる事ができる」と真情を打ち明ける芥川の文への手紙は素晴らしい---。
「・・僕のところへ来たからって、むずかしい事も何もありゃしませんよ。あたりまえの事をあたりまえにしていさえすればいいんです。だから文ちゃんなら、大丈夫ですよ。安心なさい。いや寧文ちゃんでなければうまく行かない事が沢山あるのです。大抵の事は文ちゃんのすなおさと正直さで立派に直ります。それは僕が保証します。世の中の事が万事利巧だけでうまく行くと思うと大まちがいですよ。それより人間です。ほんとうに人間らしい正直な人間です。それが一番強いのです」
携帯メールにのめり込み、手紙など書いたことがない今の若者たちに紹介したい天性の語り手の本物の恋文だ。