厳父の躾--父娘の応酬の妙・・

親父の娘相手のしつけは難しい。しかり方に苦労する。我が家など、子どもの躾について云えば、恥ずかしながら、父親の存在などゼロに等しいといわれても仕方がない。


その点、幸田露伴の娘、文に対する教育の厳しさは有名だ。その徹底振りと言葉のやり取りに舌を巻く。随所に絶妙の(珍語の)応酬が見られる。
文女史の回想から引用する---
「父の教育はとにかく普通ではなかった。私は少女時代神経過敏な方で刃物など見ただけでぞっとしたものである。すると父は私にオノを突き出して『これでまきを割ってみろ』という。最初はこわかったが、しまいには直径15,6センチくらいのものでも一撃でポカリと割れるようになり、刃物の恐怖もいつの間にか克服してしまった。そして父は『自分でやってもみないで心配することほどつまらぬ心のロスはない』と教えるのだった。
普通だと親にしかられる時いい返しでもすれば、よけい油をしぼられる。ところが私の父は『親にこごとをくらって口返答の一つもできないようなやつはロクでなしだ』といって、こごとに反発しないと反対にしかられた。それで怒られるたびに大いにやり返すのだが、それでもしかられると気持ちはよくない。そこで台所のサラやコップにまで八つ当たりして、がちゃがちゃとやる。これを見て父は『自分の怒りを物に移してやがる。自分の感情を自分の心の中で処理できぬほど愚劣なやつはない』とさも軽べつしたようにいう。仕方がないから庭のハンノキにむくれた気持をよりかけてじっとがまんしていた。そのざらざらした木はだが今でも記憶に残っている」

幸田家特有の言葉が窺える。