異色の観光客誘致策

早や八月だ。先月下旬、一週間程度所用で豪州Gold Coast近郊に出かけたが、成田空港は中高生の語学ホームステイ研修団の出国で賑わっていたものの、機内も含め、さほど混んでいなかった。
夏季休暇に入って一週間、昨日あたりが夏休みを海外で過ごす旅行客の出国ラッシュがピークを迎えたようだ。成田空港では昨日だけで約47,700が旅立ったという。景気持ち直し?によるものか、海外旅行客が増加。多くはGuamやHawaiiなどリゾート地のようだが、7月半ばから8月末までの夏休み期間中の出入国者は前年比5.3%増、381万人を超える見込み。Lehman Shock直前の2008年を上回るだろうという。

なかには米国本土へ旅行する日本人も少なくなかろうが、気象には注意を要する。お馴染みの西海岸は温暖だが、日本人のあまり出かけない中西部地方。ミシシッピー川の上流から下流へと流域地域の旅をしたことがあるボクの体験に照らせば、異常気象は覚悟しなければなるまい。猛暑と豪雨と竜巻が名物だ。



hurricaneは御免被りたいが、tornado(竜巻)観光ツアーがいま、現地米国で大人気だとか。東大からオクラホマ大学に移った83歳の老名誉教授S先生が、米気象学界で竜巻予知の基礎を築いたおかげで「怖いもの見たさ」の観光が可能になったという。竜巻に襲われる身の危険はないのかと危惧する向きも無いではないが、現地専門家は「危険はあるが玄人なら避けられる」「落雷のほうがよっぽど危険だ」と断言している。


国内に眼を転じると、東北青森の某農村で趣向を凝らした観光客の呼び寄せが行なわれ、The NY Times Weekly Review最新号で取り上げられ注目されている。
その名もInakadate Journal(田舎舘村)−An Art Form Grows From Varicolored Rice--≪たんぼアート≫。

20年ほど前、村役場の職員Hさんが上司に呼ばれ、異例の指示を受けた。
「東北のこんな小さな寒村だが観光客を誘致する計画を立ててくれんか」
農村にあるものと云えば、田んぼとリンゴ園だけだ。
無口で真面目一徹のHさん。上司の命を受けて数ヶ月間頭を悩ましていたが、ある日のこと、中学生の集団が校外学習の一環として田植えの実習にやってきた。ふと見ると、生徒たちは二種類の早苗をもって植えている。黒紫色のものと黄緑色のものだ。Hさんはビックリ「色違いの苗を植れば、文字か絵が描けるじゃないか」
これが≪たんぼアート≫の起点となった。村は一躍有名になった。
1993年以来、村人たちは田んぼをキャンバスにして、様々な文字を書き、絵を描く。村の田んぼアートが複雑な多彩色になるにつれて、メディアが注目、大勢の関心を引くようになった。
去年訪れた観光客は17万人。ほとんどがお年寄りばかりの人口8,450人の村の道は人々々で交通渋滞。田んぼアートを観るのに数時間待たされるありさまだ。
The NY TimesのMartin Fackler記者はレポートする「日本にしか出来ないアートだ。高度な技術と丹精を込めた完璧主義、そしてお米に対する古来よりの愛着、これらの融合によるものだ」
今年の作品の目玉は五条大橋での弁慶の大立ち回り。コンピュータで8000種以上のCGモデルをつくり、苗種を人工的にかけ合わせ、濃紅色、黄色、白とさらに三種類の色の苗を育て製作にかかった。
ボランティアの人たちが苗を植え、田んぼを維持管理する。描かれる造形は益々趣向をこらしたものになる。観光客から生育した苗に絵の具やペンキを塗ってるんじゃないの?などと訊かれるほどだ。


村長のSさん曰く「海もなければ山もない村だが、米はふんだんにある。発明の才を発揮して新たな観光産業を創出するのだ」
田んぼアートがこの農村を活性化するよう農民たちは願っている。
日本の農村はいずれも苦境に立たされている。過疎化に減収、負債が膨らんでゆく。
「農村の状況は悪化の一途を辿っているが、我らの田んぼアートはここに住む村人を結束させてくれている」と近くの73歳のラーメン屋さんが語っている。
が、本業の農作は収穫が良くない。夏場に田んぼアートを訪れる観光客は多いものの、稲穂が実る頃になれば客足は遠のくだろう。
「見物客も“凄いわねェ”といって足早に通り過ぎてゆくだろう」と村役場の収入役Kさんは顔を曇らせる。

それても村長さんは「田んぼアートをもっと増やしてInakadateをart village(芸術村)に発展させよう」と意気軒昂だ。