「遊び心」と「社会をえぐる」戦士

小林多喜二の『蟹工船』が二年前から爆発的に売れ、ロングセラーを続けている。多くのWorking Poorが存在する今の時代を照射する作品というべきだろう。それだけに、喜ばしい現象ではない。
小林多喜二の最後は悲惨だ。築地署に連行され、あっという間に絶命している。当局は司法解剖もせず、ぬけぬけと“心臓麻痺”による病死だと発表した。実態は特高による苛烈極まる拷問により殺されたのである。


小林多喜二はコチコチのプロレタリア作家で、コミュニストの闘士だったのだろうか。その人物像はまことに多彩だ。
1929年5月29日の斎藤次郎に宛てた手紙でのなかで、『蟹工船』について触れている---
「『蟹工船』で面白いことは、あの作品の範囲が、所謂『文壇』から抜けてゐるといふことだ。『中央公論』六月号、北海漁人の『日魯問題』を取扱った中にも引用されてゐる。『女人藝術』六月号、神近市子の『社会時評』のなかにも触れられてゐる。---これ等のことは重大なことではないだらうか。完結したら君の纏まつた批評をお願いする」
多くの日記が遺されている。猛烈な読書家であり、映画、演劇にも鋭いメスを入れたり諷刺をコメントする“遊び心”がなんとも愉快だ。

1927年8月25日の日記--
「地平線の彼方」「気猿」(ユージン・オニール)を読み終えた。
 この一ヶ月間、色々なことがあった。
 芥川龍之介が7月24日?に自殺した。 
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芥川の著作を四、五読んでみた。文章のスケイルは独特かも知らないが、説 明的であるのに参つた。
多喜二は芥川と対極にあった作家ではないが、作風に馴染めなかったようだ。
劇作家として当時名を馳せていた岸田國士に対しては辛口だ---
岸田國士の「屋上庭園」を読んだ。
「屋上庭園」は、今まで何遍も取扱はれたもの。新味はちつともない。センチメンタルな古物。ただ、それを運ぶ会話が上手なだけ。
他方、世界の喜劇役者、喜劇作家に対しては感心しきりである。
 チャップリンの「黄金狂」を二度見た。(全部で四回。)益々チャップリン の皮肉、頭のよさ、喜劇的効果、哀愁を混合することの逆効果、場面のテ ンポの早い回転、---そんなものに又感心させられた。
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暇があったら、モリエールの喜劇ものを読んでみようと思ふ。然し日本人 には、或ひは相当優れた悲劇を書ける人がゐるとしても、真の意味の「喜 劇」を書ける人はゐないのではないか、といふ気がした。勿論世界として も言ひ得る。
 喜劇を書くには一種特別のターレント---天才が要ると思ふ。
多喜二は労働者のために闘う作家であった。貧しい家庭の庶民であり、努力の人であった。銀行員の吏員として働きながら、いつの間にか“社会をえぐる”職業作家、人気作家となった。名高い悪法治安維持法のもと、迫り来るが特高の縄を掻い潜り、伏字に伏字を重ねながら、当時売れ行き35000部に達する話題作を書き続けた。

まさに努力と苦悩を表に出さない才人作家だった。
時代の寵児として我が国文学界に堂々と名を連ねるべき若き芸術家を29歳ににして虐殺した国家はどんな国なのか。当時の異様な国体のせいだと片づけるべきか・・?