カプセル・ホテル(Capsules)今昔物語

新宿に初めてカプセル・ホテル(capsules)150個室が登場したのがほぼ20年前。ちょうどバブル経済の崩壊が始まった頃だ。プラスチックで仕切られたちっぽけな個室だが、開設当時は、終電に乗り遅れたサラリーマン向けの避難寝床として用意されたものである。

Hotel Shinjuku 510's capsulesは間口1.5m、奥行き2m。立って入れない狭さだが、戦後最悪の不況に喘ぐ日本では棲家の無い人にとってはこのカプセル利用も選択肢の一つだ。

かつてブームに沸いた輸出業界が、世界的経済危機の煽りを受け、需要が激減し昨年多くの従業員をレイオフに追いやった。
新たに失職した人たちは、社宅から立ち退きを強いられ、自分でアパートも借りられない人も多く、ホームレスになってしまう。雇い止めされた人たちは悲鳴を上げ、無事年越しのできる避難所の提供を政府に求めた。が、新政権DPJも失業者に対するセーフティネットは持ち合わせていない。
PM Hatoyamaは「この厳寒の新年を迎え、政府としては困難な状況にある失職者のため可能な限りの施策を講じる予定だ」「皆さんを放置しない」と語ったものの現実は悲惨だ。
カプセル住まいのNさん(40歳)はまだ運のいいほうだろう。Nさんは地方大学の経済学部で弁護士を目ざして必死に勉強したが断念。自動車会社でアルバイト、パチンコ店や警備会社で臨時働きしていたが、暮れのクリスマス以後失職し、現在、夜間運送の仕事をしながら新宿のカプセル住まいだ。
悩みはカプセル賃貸料が月59,000円とべらぼうに高いことだ。でも、寝具は清潔で共同浴場やサウナは無料で使える。普通のアパートに比べればはるかに安いとNさんは不満を漏らさない。

「当初はの主なお客は、夜遅くまで飲んで終電に乗り遅れた勤め人だった」「それが、二年頃前から様変わりした。いつの間にか数週間、数箇月寝泊りする人が増えてきた」とカプセル・ホテルの経営者。そのため、一ヶ月以上の利用者には賃貸料金を割り引いているという。今や、カプセル300室のうち約100室は月極め利用となっている。
某女性(20歳)が群馬県から職を求めて上京した。都心のクラブのホステスになるのが目的だった。殿方相手にお話すれば金になった。
が、彼女は、アパートを借りて自活できる収入の得られるクラブを探している。親には自分の現状や住まいを知られたくないと言っている。
政府の発表によれば、現在、ホームレスで路上暮らしの人は全国で15,800人となっているが、都内では少なく見てもさらに10,000人が“隠れた”ホームレス。それが例えば、カプセル・ホテルやネットカフェ暮らしの人たちだ。
失業率は5.2%とあるが、生活困窮者は急増している。貧困ライン以下の生活者が15.7%。先進国では最も高い数字だ。日本は、驚異的な経済発展を遂げた1970年代を懐旧している。当時は経済格差など話題にもならなかった。
「経済成長を享受していた時代、国民の生活水準が上昇し、階級間格差は隠蔽されていた」とH.I東大教授。「経済不況のこんにち、階級格差がまたもや顕在化しつつある」

かつて好況のマグロ漁に励んでいた46歳の男性が、不況のどん底に沈み去年八月上京、新羽田空港建設のための埋め立て工事に従事していたが、それも昨年暮れでおしまい。必死で求職活動を続けているが、仕事は見つからない。カプセル暮らしから都内の避難所に移った。貯金もなく、懐具合も尽きつつある。「もう行き場がなくなった」