≪龍馬がゆく≫と景気が上向く・・?

今日から正月3日まで各紙夕刊がお休みである。
最寄の駅前にでかけたついでにM紙を買った。仕事に出る日は朝夕ともM紙を駅の売店で買うのが慣わしだ。
同紙経済欄に≪「大河」視聴率アップ→「株価も上昇」 来年の『龍馬伝」に期待も≫とある。大和証券SMBC研究所の調査によるという。
NHK大河ドラマの視聴率がアップすると株価も上昇する傾向にあると分析。来年の大河ドラマは人気の高い坂本龍馬を描く『龍馬伝』である。市場関係者は高視聴率による株価上昇を期待しているとか。

2007年の『風林火山』が下落すると株価も下落した。08年の『篤姫』、今年の『天地人』は視聴率が高かったのに株価は下落した。この逆相関について同研究所のアナリストは「08〜09年はリーマン・ショックの特殊要因の影響で株価が大きく動いたためだ」という。
龍馬伝”といえば、多くの人が話題にする作品は司馬遼太郎竜馬がゆく」だろう。「質・量ともに坂本龍馬伝の最高峰である。坂本龍馬像を決定的なものにし、現在、龍馬を語る上で本書の影響を受けなかったものというのは皆無といってよく、また、坂本龍馬が好きだという人のほぼ全てが何らかの形で影響を受けている作品である」と礼賛する人までいる。
来年の大河『龍馬伝』は何を底本にしているのか。原作何某というものが無いらしい。脚本家福田靖氏の書き下ろしか?

福田氏は----
「この僕が、NHK大河ドラマを書くことになったときはもちろん興奮しましたが、その内容が『坂本龍馬』に決まったときはもう体が震える思いでした」
「僕も大学生の時に司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』を夢中になって読み、『自分も龍馬になりたい!』と未来の自分を思い描いたものです」
そして同氏は、「坂本龍馬は誰もが知っている。だから、視聴者のイメージをそのままなぞったような龍馬を見せても仕方がない」として、「『竜馬がゆく』が発表されてからすでに46年が経っている。昭和から平成に時代は変わり、今、僕たちは21世紀の世界に生きている。その後の研究で当時は知られていなかった龍馬像も明らかになっている。今、描くべき龍馬は、46年前のものと違うかもしれない。僕がいつも目ざしているのは、期待は決して裏切らず、でも予想を裏切って展開してゆく骨太のエンターテインメント・・」
立派な心意気だ。
1962年、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」が最初に産経新聞に出た。ちょうど池田内閣の所得倍増計画で押せ押せの上昇ムードが広がっていた時代だ。つまり、司馬遼太郎は、高度経済成長に棹さした作家だというべきだ。
竜馬がゆく」が多くの読者をとらえた(今もとらえている)理由は何か。
「竜馬は何もしていない。最後の3、4年だけ活躍して終わる。みんなが『竜馬』がいい、『竜馬』が青春文学であるという理由は・・つまり青春の彷徨がいいんです」と石川好氏。佐高信氏に言わせれば「モラトリアム人間のもだえというか、悩みというか、煩悩への共感ですね」となる。

坂の上の雲』も1968年から産経新聞に連載された。高度経済成長時の歴史モノである。『竜馬が・・』『坂の上・・』は日本の政治家や経営者の愛読書となった。もう13年前になるが司馬の描く歴史上の人物モノに熱を上げる風潮について佐高氏が某週刊誌で語っている--
「日本の無責任な政治家や経営者がその気になって興奮する。彼らに鋭く反省を迫るのではなく、いかにも、自分が坂本竜馬秋山好古の如きリーダーであるかのような錯覚を起させるという意味で、司馬遼太郎は『罪深い作家』である。・・司馬の小説は“弔辞小説なのではないだろうか。弔辞では故人の欠点が語られることはない。美点だけが最大級の賛辞で挙げられる」そして同氏は、「しかし日本の政財界はいま、そんな歯の浮くような弔辞にその気になっている場合なのか」と斬り込む。
『竜馬・・』や『坂の上・・』に励まされたのか、経団連や財界が“司馬さん、万歳”を叫んでいるとき、司馬さん自身は環境問題を憂えていたようだ。滋賀県知事になり、琵琶湖の環境条例で孤軍奮闘している竹村正義(元蔵相)にアプローチし対談にこぎつけている。それまで、竹村さんが司馬さんことを全然知らなかったというから面白い。
余談だが、司馬さんは財界や政界の大物と会うことをタブーにしていたらしい。当時『日本改造計画』(講談社)を書いた小沢一郎氏が司馬さんに序文を頼んだらしいが、突っぱねたという。竹村--小沢との対立構図とは関係なく、小沢氏の台頭を司馬さんは大変危惧したようだ。
このように司馬さんには反権力の部分も少なくないが、NHKスペシャル『坂の之の雲』に今度の大河『龍馬伝』が続くとなると、司馬ブームは当面収まりそうもない。
色川大吉氏は「その客観的効果として何が派生するかというと、それはおそらく愛国心だと思います。いま不景気で日本は沈没しかかっているという悲観論が多いでしょう。それに対して、この苦境を歯を食いしばってしのげ、あの“偉大な明治”のように。困苦に耐え、日本を愛せよ、という愛国心が期待されています」と述べている。

これらの論評は今から10年前のものだが、現在の世の中もさほど変わらない。
新春から始まる『龍馬伝』の視聴率は不況脱出の契機となるか。司馬モノ『竜馬・・』と一味も二味も違った『龍馬・』になるよう脚本家に期待したいものだ。