涙雨の杮落とし--5代目歌舞伎座

「先代以上に江戸の芝居小屋の精神に近づけた」と設計に携わった建築家隈研吾さん。3年間の建替え工事を経て5代目歌舞伎座が開場、杮落とし興行が始まった。



大雨の初日。最初の演目は『寿祝歌舞伎華彩』ー大向こうから“待ってました、山城屋!”の掛け声。坂田藤十郎さんが若手とともにめでたい舞いを披露した。杮落としとしては妥当なところだ。


3階席からも花道が見える。音声の響きもいい。が、どこか寂しさが拭えないのが歌舞伎ファンの胸の奥底だ。
昨暮早世した十八代目勘三郎さんを偲びご子息2人が江戸前の粋な踊りで「お祭り」に華を添えた。明るい芸風の中村屋さんには打ってつけの趣向だ。


夜の部の締め括りが「勧進帳」。歌舞伎十八番の代表的狂言だがそこには成田屋の姿はなかった。弁慶を幸四郎さん(高麗屋)が演じ、富樫を菊五郎さん(音羽屋)がつとめた。大詰めの部分をTV中継で垣間見たが、どうしても馴染めない。幸四郎の弁慶は息が上がっていた。額から首筋にかけて汗ビッショリだ。菊五郎さんに存在感が薄い。

両人の切り結ぶ問答のやりとり--
富樫「頭に戴く兜巾は如何に」
弁慶「これぞ五智の寶冠にて、十二因縁の襞を取ってこれを戴く」
富樫「掛けたる袈裟は」
弁慶「九會曼陀羅の柿の篠懸」
富樫「足にまとひしはばきは如何に」
弁慶「胎蔵黒色のはばきと称す」
富樫「さて又、八つのわらんづは」
弁慶「八葉の蓮華を踏むの心なり」
富樫「出で入る息は」
弁慶「阿吽の二字」
富樫「そもそも九字の真言とは、如何なる義にや、事のついでに問ひ申さん。
   ササ、なんとなんと」
弁慶「九字は大事の神秘にして、・・・・」
この場面、両人の立ち位置の間合いが気になった。詰め過ぎ、大舞台の良さが死んだものになっている。
弁慶の幸四郎には大見得もにらみもみられない。幕が閉まり、飛び六方で花道を引き揚げる弁慶もぎこちない。


豪快な十二世團十郎の弁慶の強烈なにらみも、水際だった立ち姿と切れ味鋭い台詞の海老蔵の富樫との掛け合いも観られない。


「一輪の花を咲かせた」團菊の舞台も観られない。

5世歌舞伎座に涙雨。市川宗家第十二代目の当主不在の新たな桧舞台に心なしか喪失感が漂う。