邦紙が売れないのも理解できる・・・

今日衆院選公示。直前になって登場したNippon Mirai no To--リーダーが掲げた「卒原発」。新キャッチフレーズに注目したが解釈が難しい。偶々米紙で“Nuclear Power Phase-Out”なる表現に出遭った。「原発の段階的消滅」を意味する。最適語と云うべきだろう。

ところが邦紙の英字紙はどうか・・? Leading Papersの1つY紙のstaff writersの手になるThe Daily Yには驚いた。「卒原発を目指す」とするK代表の声明を文字通り“We'll 'graduate from' nuclear power”と直訳。その真意について吟味した跡が全くみられない。離合集散を繰り返した「第3極」やらを加えてThe 11 Partiesのleadersが一堂に会した披露目ディベートを取材した後のこの英語表現である。お粗末としか云いようが無い。

かねがね感じているのは、大物政治家相手の共同記者会見の空疎さだ。通り一遍の代表質問が怪しい。核心を突く記者からの質問や追及はまず聞かれない。
3/11の惨禍に直面し、我が国メディアの記者連中はTEPCO幹部や財界のボスの責任を真剣に追及したか?
The NY Times東京支局長Martin Facklerが日本のジャーナリズムのあり方に重大な疑問を投げかけている。3/11大震災と福島第一原発事故を徹底取材しピューリッツア賞に最終ノミネートされた同氏は、近著『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』のなかで、日本の主要メディアが設置している「記者クラブ」制度を批判。同クラブは加盟社以外の、外国報道機関やフリーランス記者など、幹事社の許可なしには記者会見に参加させない仕組み作っていると云う。

排他的だけではなく、記者たちが取材対象と余りにも緊密な関係にある点を問題視し、「権力を看視する立場にあるはずの新聞記者たちが、むしろ権力側と似た感覚を持っている」「(日本のメディア報道は)大本営発表と同じ」と手厳しく批判している。

Fackler自身、The NY Times Intr.Weekly最新号でAIZU WAKAMATSU JOURNALと題して被災者・避難民の窮状を抉っている--“Hopes Fade for Those Displaced by Japan's Nuclear Disaster”のHeadlineが強烈に実態を暴いている。