丸谷さん・・・弔辞は大変デス

丸谷才一さんが逝ってしまった。この7月に他界した吉田秀和さんのお別れの会で弔辞を読むはずが、体調をこわし録音された声が流された。心臓手術をしたらしい。吉田さんの後とを追うかのような急ぎ足だった。

「(丸谷さんの仕事には)古今東西の文学についての広くて深い教養を背景に、日本の近代文学にはそれまでなかった知的でユーモアに溢れた作風が一貫していた」(10/14:M紙朝刊)「(同氏は)知的な市民生活や明るい笑い、健全な楽しみや品のいい態度を好んだ。そして何よりも大切にしたのは『考える』という姿勢だった」(同紙)。丸谷さん自身「・・・僕は人間の最高の遊びは考えることだと思うのです」と語っている。
ボクが初めて丸谷さんの話を直接拝聴したのはもう15年ほど前になる。以来とても気になる作家・文学者となった。小説、評論、エッセー、翻訳とその活躍の世界は縦横無尽で、途方もない知識人で巨峰である。作品数も厖大、どれも難解で歯がたたない。手許にあるのは「裏声で・・」「思考のレッスン」そして“挨拶”3部作程度である。
三部作の一冊目が『挨拶は難しい』、二冊目が『挨拶はたいへんだ』、三冊目が『あいさつは一仕事』。最後の『あいさつは・・・』の最後に丸谷さんと和田誠さんの<対談>《スピーチの心得》が載っている。その中の冒頭の部分が面白い。


●和田--丸谷さんの挨拶集はこれで三冊目になりますけど、今回は『あいさ     つは一仕事』と挨拶が平仮名になっていますね。
○丸谷--ええ、「挨拶」という字が読めない人が多くなっているんじゃない
    かと。
●和田--若い人が本を読まなくなったと言われてますね。本を読まない漢字    に触れる機会も少ないから、「挨拶」は難しい漢字の部類に入っち
    ゃう。
○丸谷--そんな気がするんですよ。
●和田--若い人もうまい挨拶をしてほしい。そこで参考書としてこの本を手
    に取ってもらいたい。それにはまず「あいさつ」と読んでもらわな
    ければと。
○丸谷--そうそう、そういう気持ですね。
●和田--わかりました。では本題に入りまして、このシリーズ・・(中略)
    題名を辿ると、挨拶はむずかしくて大変で一仕事だということにな
    りますが、挨拶のベテランでいらっしゃる丸谷さんにとっても、や
    はり大変なものなんでしょうか。 
○丸谷-- (略)・・・ただ出ていって何かダラダラしゃべってみんなを困
    らせるという、そういう偉い人が多いでしょう。だから、そうじゃ
    ないんだよと、聴いているほうとして大変だし、むずかしいし、一
    仕事なんだよと。
丸谷さん流スピーチ術の心得、その1つは「原稿を作って準備する」にあった。なぜ原稿を書くのか--
丸谷さん曰く「原稿なしでやるとなると、今度は頭のなかで完全原稿をつくらなきゃだめです。字を書かないで完全原稿をつくるよりは、字を書いて完全原稿をつくるほうが、僕にはらくなんですよ」
挨拶の心得の第二は「長すぎるにはダメ」だった。自戒すべしだ。
今ごろあちらで、吉田秀和さんと逢って歓談しているであろう丸谷さんの吉田さんに寄せた弔辞の録音版の声は--
『彼は音楽が社会の中で位置を占めるにあたって最も重要なもの、聴衆を創った。半世紀にわたり、私たちはその文章に導かれ、教えられてきた。』--

丸谷さんは吉田さんを“当代ナンバーワンの批評家”だと・・・。
お2人に小澤征爾を交えたお三方の歓談の笑顔の写真が侘しさを誘う。