奈良岡さんに喝采

他人の演技に口を出さなかった奈良岡朋子さんが後輩の演技指導に乗り出した。82歳。大滝秀治さんとたった2人の民藝座第一期生である。年間150もの舞台をこなす奈良岡さんが川崎の劇団の稽古場に連日通っている。その軽快な足取りと凜とした後姿は大衆演劇の女王森光子さんに匹敵する。


1950年に旗揚げした劇団民芸。創立メンバーは戦争体験者ばかりだった。その中の一人が「稽古場の鬼」と言われた宇野重吉さんだ。

「人々が生きてゆく喜びと励みになるような演劇運動を目標に社会に根ざした舞台表現」めざした<リアリズム演劇>の旗手ともいうべき劇団だけに、与えられた役を大きな人間として舞台表現するため、宇野さんの演出はいささかの妥協も許されなかった。その人物のその場面における最も相応しい声、仕草、息遣いを求め、セリフで生きるために何が必要か、身体の動きを追求した。

宇野さんは「その場面場面での顔の角度、目の向き、顎の位置まで実に細かく教えていただいた。宇野さんの前ででは“出来ませんは禁句”でしたと」と奈良岡さんは振り返る。

同期で共に民藝の代表を務める大滝さんは「彼女の演技にはウソがない。どんな表現にもリアティがある」と感服する。“スーとした他の役者にはない品格がある”と仲代達也さん。

舞台人生63年、初の津軽弁の芝居の主役を演じながら、『セリフがセリフで終わってしまわないような言葉にしなきゃ』と後輩にアドバイスする奈良岡さん。


杉村春子さんと30年間に及ぶお付き合いがあった。劇団は違っても当代最高の舞台女優2人の共演を観たかった。