偶然の重なりを生かした達人(その2)

通夜にあの篠沢先生も車椅子で来られた。侘しいことだ。

昨日最後のお別れとなってしまった児玉清さん、学習院大独文科の大学院へ進むつもりであったのが、大学卒業式当日、お母さんが急逝。突如、就職の道を選ぶことになった。困ったことにほとんどの企業は入社試験を終えており、どこを訪ねても門前払いされた。
そこへ飛び込んで来たのが東宝ニューフェイス第二次面接試験のお誘いの一通の葉書である。児玉さんはこの葉書が僕の人生を変えたと言っている。
いきなり第二次面接試験とは....?写真のない児玉さんの履歴書を東宝に持ち込み一次試験をコネでパスさせたのは、「ブリタニキュス」の切符を偶然売りつけられて見に来た児玉さんのお姉さんの知り合いだというから面白い。
その人は児玉さんが俳優志望だと、舞台の上での激しい台詞(仏語)のやりとりを見て勝手に思い込んでいたわけだ。コトの意外さに一旦は断る気持だった児玉さんも、折角の機会だし暇つぶしにダメモト覚悟で受けたところなんと合格。

俳優が終生の仕事と相成ったわけだが、「俳優の道をきめたのは、だから、あの『ブリタニキュス』なのだ。まさに僕の人生を決めた一冊なのだ」と児玉さんは語っている。
世の中は“一寸先は闇”。人生は偶然の出会い、遭遇の連続だ。でも、その出会いを生かせる者はそう多くはいない。どの道を選んでもおそらく一流人になったと思う児玉さんだが、ボクにとって言いようがなく寂しいのは、「週間ブックレビュー」で児玉さんの司会姿にもうお目にかかれなことだ。
ご自身「面白い小説を読みたいだけ。読書家と呼ばれるのに妙な抵抗感がある」とおしゃっていたが、書物とボクら“凡人”とをつないでくれた名案内人だった。


『俳優という仕事のもたらす、どうにも口惜しくてたまらぬ自分の至らなさ、臍(ほぞ)を噛む思いを、嘆きを、吸収してくれたのは、そして心底癒してくれたのは、読書だった』と語る児玉さん、『でも、そろそろfinal decisionを迫られている。もう覚悟を決めて預かってもらうことを考えています』

児玉さんにいつの間にか育てられたアシスタントもかなりおいでのはずだ。
地味ではあるが貴重な早朝の番組「週間ブックレビュー」に長年根づいた児玉さんの遺志はきっと受け継がれていくはずだ。