暗さの終りはいつか...?

PM Kanが被災地に釈明に回っている。原発半径20㌔圏外の避難計画、当事者は堪らない。いつになったら戻れるか、見通しを追及されてもKanさんとて答えようがない。
TEPCOの社長はただただ土下座するばかりだ。大天災+(想定の甘さ・情報制御の)人災のツケだが、We can't help itと言いたいところだろう。
たくさんの人たちのたくさんの絶望が憤怒となり悲しみとなり、探しものが続くだろう。
何よりも痛ましいのは、日を追って増える犠牲者の数だ。「きみの苦しみの種子が播かれている深い地層からきみの手をさしのべよ」と呼びかけたところで応じるわけがない。もし亡くなられた方々にもどるところがあったとしたら、・・・一人ひとりの追憶のなかへなのだから、かつて死者を愛し死者たちが愛した人々、少しずつ数が減って決して増えない人たちの胸へだ・・・」
3/11を境に“歴史は途切れた”のか。雪月花、花鳥風詠はタブーとなってしまったのか。「皆既日食月食が終り、一端じまさに輝きだす瞬間」(辻井嵩『生光』)はやって来るのか?
66年前の廃墟の国土には明日の明かりが射していた。踏み潰され押し流され、壊滅した東北の地に“暗さの終り”の微光が見えるのはいつのことだろう?