こぞの雪---“The snow of yeateryear”(年の瀬の大雪)も≪目の福≫

今年も残り僅かとなってしまった。ほとんど意識していなっかたが、同窓の連中や教え子たちに気づかされた。古来稀なりだ。齢は数え年で勘定するらしい。3年前までと比べればその閑さ加減は呆れるばかりだが、やはり怠惰な1年だった思う。そのうえ雑な心ざまてばいけない。丁寧でなかった暮らしを戒心しながら、今日も目の福を頂きに渋谷のギャラリーへ出かけた。
中では写真撮影はお断りだとお触書が出ていた。ギャラリーを出て、展示会の看板と遠景を撮ったら注意された。これもいけないらしい。

理由はわからぬ。盗撮して作品の海賊版や写真集...そんなものを出そうなどという魂胆などあるわけがない。題して「ネオ・リアリズム」なるExhibitionだが、OldかNeoか知らぬが、realismとは無縁の作品が見られたのは如何なものか。奇抜であれば何でもNeo・・?

帰路、久々に銀座線で銀座四丁目へ。裏通りの角にあるポピュラーな洋食屋で口の果報に預かり帰宅と相成った。


今日もTokyoは多少冷えたがいい陽気だった。それに引き換え海の向こうのNYはどうだろう。

blizzardも峠を越え、豪雪のなかから冬色の街が姿を現わした。もうこの積雪をblizzardが蹴散らすこともまずなかろうが・・。


いささか諧謔的だが、この大雪はphotographersにとっては堪らない。モノトーンの絶好の被写体、思わずシャッターを押したくなるのもわかる。撮ったphotosが果たして想像力を喚起し、ストーリーを物語るほど眼に焼きつき、目の福をいただくことが出来る作品になるか? 腕に覚えありだけじゃいけない。それこそSense of Wonderの有無が問題となろう。



New YorkのThe snow of yesteryearは何時の時代にあっても見事な絵となり、後世に残るものだ。