見たくないが見るべき真実−−The Hurt Locker

炎暑のなか10時頃飯田橋名画座にでかけた。3〜4年前に『善き人のためのソナタ』を見に出かけて以来久々だ。東西冷戦時代、東独が置かれていた監視社会の実像を克明に描いた秀作。アカデミー賞外国語映画最優秀賞を受賞した『善き人・・』も日本での公開期間も終り、二番封切り館からも消えそうになるとき最後のスクリーンを飾るのがこの飯田橋名画座だ。


昨年第82回アカデミー賞において作品賞・監督賞以下6部門の最優秀賞を独占したThe Hurt LockerもトリのTheaterがこの名画座に落ち着いたようだ。10日から始まってこの23日で閉映。22日海外出張するため休日わざわざ出かけた次第だ。11時20分開演だが、10時半頃から神楽坂下の通りに面したシネマ館前の狭い通りに映画ファンが列をなしていたのには驚いた。10時前から入れ替えとなって館内に入ったが、席を探すのに難儀するほどの混みようである。
このところ戦場映画を立て続けに観ている。先日は恵比寿で“Hearts and Minds”、NHKBSでは“Fog of War”。双方ともVietnam Warを描くドキュメンタリー作品で、主としてナレーターによる語りで全編が構成されている。

その点“The Hurt Locker”は製作方法が決定的に異なる。現代の戦場、イラク戦争の知られざる真実をあぶりだす、センセーショナルな戦場ドラマである。
冒頭のテロップ“The war is a drug”(戦争は麻薬だ)に度肝を抜かれる。
2004年当時のイラクの戦場での爆発物処理班の、死と背中合わせにいる危険極まりない任務に従事するブラボー中隊。アブノーマルな極限状態が日常化している。この任務に戦場のヒーローの姿を見出すことはできない。
ブラボー中隊のリーダー、Staff Sergent William James(ウィリアム・ジェームス二等軍曹)の次のひと言がこの仕事の過酷さを象徴している。
“You don't have to be a hero to do this job. But it helps”(この任務を果たすことによって英雄になる必要はない。たが、仕事は役に立つ)

Fiction, but non-fictionとでも呼ぶべきか。ロケ地はLebanonだが観客をイラクの戦地に誘うものがある。劇中のあらゆる音は現実音を採用している。

爆弾処理班の任務のクライマックスは体に爆弾を巻かれたイラク人の男が市街地に立ちはだかるシーンだ。James二等軍曹が通訳を通じてこの男に服を脱がせるとシャツの下から大量の爆弾が露出する。「自爆テロか」と糾すがこの男は「家族がいるんだ。助けてくれ!」と叫ぶ。Jamesは防御服を着て男に近づき爆弾を取り外しにかかるが、爆弾は厳重にロックされている。カッターでも切断できない。時限装置のタイマーは残り2分を切っている。それでもJamesは他の部下を退避させ、独りで爆弾に立ち向かう。が、間に合わなかった・・。

The Hurt Lockerは『行きたくない場所/棺桶』に送り込む』という兵隊用語として使われているが、タイトルの真意は「過大な精神的苦痛、負担を強いる相手や物」。
この映画のエピローグの余韻は不気味だ。2004年、365日のブラボー作戦の任務を終え、帰米したJames軍曹は「大人になると、この世で好きなものは1つか2つしか残らない。俺の場合は1つだけだ」と言い残して、新たな365日の任務を遂行するために再び死地に赴く。

この“ゾッとするような切なさ”を単なるハードボイルド・タッチだけではなく、根底にヒューマニズムをすえて描ききったのが女流監督Kathryn Bigelowである。The Hurt Lockerは次々とアクション映画に挑戦する58歳の同監督が撮った「K-19」以来7年ぶりの劇場映画作品だ。

余談だが、今日名画座でボクの両隣に初老の婦人と若い女性が坐っていたが、悲惨な爆破が予期される場面になるとハンカチで顔を覆い、悲鳴らしき声を上げていた。
確かに見たくないシーンだが、眼をそむけてはならない想像を絶する戦地の真実だ。