雪景色も束の間か・・

昨日はfour seasonsならず、four kinds of weatherを体験した。
営業のため外回り、晴天の朝がお昼時に掻き曇り、3時過ぎから久々の雨。本降りになってきた。が、存外寒さはさほどではない。
「この分だと夜分もせいぜい霙ってとこですかね。雪にはならないでしょう」
と同僚と言いながらオフィスに戻ってきた。途端に次から次へと人が押し寄せる。ふと気がつくと日が暮れていた。窓外に雪がちらつく。六時半頃から横殴りの風を伴いながら激しく振り出した。吹雪というほどのものではないが、忽ち屋根は真っ白、吹き溜りができる降りようである。

久保田万太郎の作品に「冬」という戯曲がある。
11月末のしぐれの午後。舞台は吉原附近にある梅本という古い料理屋の住まい。梅本の主人政吉の伯父喜兵衛と梅本に古くからいる女中おたつのやり取り---
喜兵衛 (手を火に翳しながら)・・・でも、ここんところ、めっきり寒く     なったぢゃァないか。
おたつ さようでございます。・・・それに、また、今日はしぐれまし
    て・・・(喜兵衛のまへに茶を出す)
喜兵衛 飽きずによく天気がつづいたからね。・・・もう降ってもいい時分    だよ。
おたつ でも、ここまで降らずにまゐったんでございますから、せめて明日    もう一日持たせたいものでございます。
喜兵衛 なぜ?
おたつ いいえ、明日は酉でございますから。
喜兵衛 酉?(すぐ気がついて)ああ、二の酉か?
おたつ へい。
喜兵衛 其奴は気がつかなかったな。・・・そうか、それは降らせくな
    い・・
おたつ しかしこの分では・・・(外へこなし)
喜兵衛 このまえはどうだった、初酉は?
おたつ へえ、このまえは、朝の模様ではいかがと存じましたが、好い塩梅    に、あとになってすっかりお天気に・・・
喜兵衛 それだと明日はむづかしいぜ。・・・初酉にふらなきゃ二の酉に降    るのが定法だ。
おたつ どういたしてでございましょうね?
喜兵衛 不思議だよ、此奴ばかりは。・・・一度はきっとふるんだから。
------------------------------------------------
11月末にしぐれ、霙から雪が気になる。大正初期の下町を描いた作品とはい
え、近年、都内で11月末に雪降りなど見たことがない。時代の違いじゃあるまい。気候変動のせいかも・・?
久保田万太郎の親友の1人に芥川龍之介がいる。芥川は大正六年から十五年にかけて計74句の発句を残している。
≪雪≫を織り込んだ句は見あたられないが、冬・暮から元旦にかけての≪自嘲≫と題する秀句が二つある。
 水洟や鼻の先だけ暮れ残る
 元日や手を洗ひをる夕ごころ
冬の句、雪を描いた句は概して暗いものが多い。就中、長く病院の病棟・病床で詠まれた発句は侘しさが増す。
 昭和の俳壇に大きな影響を与え、早世した石田波郷清瀬での病床吟二句---
  雪降れり時間の束の降るごとく
  力なく降る雪なればなぐさまず
藤沢周平さんも若き頃、東村山の結核病院に入院中、詩集『のびどめ』に投稿した秀句がある。
 雪の日の病廊昼も灯がともる
そして没後≪拾遺≫された名句---
 野をわれを霙うつなり打たれゆく
周平さんといえば、15年前(1995年)の今日2月2日付け、大泉学園の自宅から歌人清水房雄氏に宛てた葉書が残されている。阪神淡路大震災、二週間後の便りである。
「拝啓 寒い日がつづいています。『さぬきうどん』を頂戴しました。あり がとうございました。四国に行かれたのですが、兵庫地震は大丈夫でした か。
 私は一月半ばごろから風邪をひいて、その後遺症が残って、いまだにすっ きりしません。連載小説も1回休みにしたぐらいで、清水さんの歌のこと を書くのがまた先送りになりました。しかしそのうちに書きます。
 お礼まで」
この二年後の1997年1月26日周平さんは逝ってしまった。

外は薄曇りで寒冷。昨夜から未明まで降った雪は名残の雪になりつつある。