違った世界をのぞく

夜、知友と暑気払い。11時過ぎの私鉄電車の急行に飛び乗る。
かなりの混みようで、空席はなく、ドア近くの手すりにもたれながら、届いたばかりの『叙情と闘争−辻井喬堤清二回顧録』を読み始めた。

と、ボクの体にぶつかるほどの隣で、ほろ酔い気味の口髭をはやした職人風の男性が紙袋から単行本を取り出して、こちらも立ち読みしている。小見出し小林秀雄云々・・何だか難しいそうな本だ。
ところが、この紳士、途中で自分の本を閉じて、ボクの本を覗き込み、手に取る始末だ。
「この本なんですか。あァ西武デパートの・・・」
「別世界の話ですよ」
「別世界がいいんだよ」
「そうですね。ところであなたは何を・・」
紳士は紙袋から今まで読んだいて本を取り出し、見せてくれた。
池田晶子ですか。亡くなりましたね」
哲学書ですよ。いまのめり込んでるんだ」
「惜しい人でしたね」
「そういえば、このあいだ太宰治の生誕100年だったんじゃないの」
そうこうするうちに、二人とも途中駅で降り鈍行に乗り換えた。
「あんたサラリーマンですか」
「いやパートですよ」
「私は何に見えますか」
「何かご商売でも・・」
「スパニッシュです」
スペイン料理の板前さんですか。店はどちら」
「西日暮里」
話の途中に降車駅に着いたので、「じゃお元気で」と挨拶を残して別れた。ものの五分足らずの会話だが別世界をのぞいた気分。爽快だった。゜