“歩いても歩いても”空席目立つ-文化度が問われる

事前に映画評などまったく読まず、有楽町のシネカノンなる映画館に『歩いても歩いても』という妙なタイトルの邦画を観にいたった。(映画の最中、いしだあゆみの70年代のヒット曲『ブルーライトヨコハマ』がレコード盤から流れた。『歩いても・・』のタイトルはこの曲の歌詞の一部からとったもののようだ)
ストーリーの予備知識も皆無である。原作・脚本も兼ねた是枝監督の実績についても無知である。
興味を惹かれたものといえば題名だ。去年だったか、本屋大賞を受賞した佐藤多佳子さんのライトノベル『しゃべれども、しゃべれども』を連想させてくれる。そして主演の1人が希木樹淋さん、芸達者な女優さんだったことも手伝った。
観て驚いた。地味なホームドラマを思わせる。役者さんに芝居が見られない。互いの会話が重なり合ったり、呟きに似た台詞も少なくない。所作のディテールが凄い。台詞も動きもノンフィクションのようで、アドリブはゼロだという。役者さんたちは脚本に忠実だったという。それだけ極めて緻密に計算し尽くされた脚本だったようだ。
久々に日本の三世代の家庭の風景が懐かしく滲み出る佳作に出会った。
幸田文さんの言葉を拝借すれば、“眼の福に預かりまして”ということになる。
が、観る人の心にジーンとくる佳き作品の割には、客席の入りはいま1つだ。平日、金曜日の午後のせいか空席が目立つ。客層は大人ばかり、年配者が多い。60歳以上のシルバーは 1000円と廉価だ。学生さんが少なく、10代の子供たちの姿がないシネマは興行的にはよほど根気強くロングランでもいしなかぎり収益は苦しいだろう。収益が望めなければこの種の地味で日常的な作品は制作が難しくなる。
ふと日本のプロ野球MLBとの大きな違いに気づく。なかでも東京ドームがそうだ。大人たちが整然と見物している。バックネット裏はスーツ姿さえ見られる。真面目で厳しい表情をしながら講演でも聴いているような風景だ。本当に野球を楽しんでいるのか?MLBの球場はなんともにぎやかで愉快だ。子供たちや友達どおし、あるいはお隣りどおし誘い合ってボールパークに足を運び、わいわいガヤガヤ自在に楽しんでいる。
我が国では、映画館の収益の主役は子供たちや若者たち。他方、野球場の主役は大人たち。まさに逆さまの大衆文化。日本の文化度が問われる一面だ。