高校から離散して理三へ

国立大入試の合格発表も終り、今春の大学入試も終幕を迎えつつある。
週刊誌上はメジャー大学に合格者を輩出させた全国で名のある“著名校”がクローズアップされている。いつもながらの風景だ。合格実績を高めた高校は鼻高々だ。受験戦士の養成に功を奏したからだろうが、自前で鍛えた戦士かどうか疑わしい。

特に超難関大学ともなると合格者のほとんどが“予備校”か“塾”で受験術を身につける。予備校は海外の目から見ると英米のPrep-schoolではなく“cram school”だ。つまり大学受験のための“知識詰め込み学校”だ。
本日のA紙に有名なS cram schoolの自賛Adが載っていた。
≪Sから東大理三 合格おめでとうございます≫なるHeadlineのもと、“最難関といわれる「東大理三」へ見事合格を果たしたS生の喜びの声の一部を紹介します”とある。


都内女子高生のコメント---
「私は、中1の時から最後までずっとS予備校にお世話になりました。S予備校は先生方が素晴らしいく授業のたびに感動し、『先生のように解きたい』と思うことで勉強意欲もとても上がりました。入試本番では、先生にいただいたサインを持参して臨みました。ありがとうございました」
北海道私立校の男子生徒--
「S予備校の格調高くアカデミックな雰囲気の中で勉強できたことは、自分にとって大きな意味があったと思います。頭脳明晰でかつユーモアのセンスに長けた先生方の授業はとても魅力的であり、私をすごく成長させてくれました」

彼等の卒業した高校での生活はどうだったのだろう。感動する授業に恵まれなかったのか。頭脳明晰なユーモアある教師が存在しなかったたのか。魅力的授業は受けることが出来なかったのか。そうでもあるまいが、彼らの母校に対する帰属意識は希薄だ。
彼らにとって、実態は、学校は交遊の場であり、本物?の学習の場、特に受験勉強の場は予備校・塾だった。そして家庭は金を出してくれるところ・・?
かくして、“お受験組”は、えてしてhumanityとmoralityの欠落した鼻持ちならない、空疎で奇怪な大人になりかねない。